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DUO TAKASE

バイオリンとピアノのユニット

DUOってどうゆう意味ですか?と良く尋ねれます。その意味は2つあります。一つ目はバイオリンとピアノの2重奏という事です。2つ目は演奏者と聴衆の皆さんと2つで一つになる・・そうなれば感謝だな・・そう願いつつ演奏させていただいています。

ギャラリー

MCC SUMMER Con

毎年ハワイマキキ聖城基督教会で行われる「夏の演奏会」の様子。お楽しみください。

バンク―バにて

カナダ・バンクーバー日本人教会礼拝賛美。
埴生の宿変奏曲。DUO編

アメージンググレイス

楽器を演奏できるのも、聞くことが出来るのも「命」輝かせて生きることも、すべて神の恵みなのです。

+ ホセ TANAKA

黄金のエルサレムを、フラメンコギターの名手ホセ・田中兄と2重奏。ごきげんな即席ライブ。

+Rev y nakano & DUOお知らせ

2016年
中野雄一郎師&DUOTAKASEの対談証。主の恵みに内に放送されたLIVE録音をお届けい美します。
UPDATED 09/19
HERZLICH WILKOMMEN DUOTAKASE HPに内に放送されたLIVE録音をお届けい美します。
2016年7月ハワイで収録
中野雄一郎師&DUOTAKASEの対談証。主の恵みに内に放送されたLIVE録音をお届けいたします。主のみ名を賛美します。
  ● 放送 第一回目
   第二回目     第三回目   第四回目   第五回目   第六回目   第七回目
・・・・・・・・・・・・
ハティクバミニストリー
1999年11月ハテイクバミニストリーDUOTAKASEはボーンアゲインしました。天国の音色を発見したユニットとして主にあって新生したのです。ハテイクバとはヘブライ語で「希望」という意味があります。私たちはこのみ言葉によって「希望」があるのです。 

11:25 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
11:26 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」
ヨハネによる福音書11章25−26節
 

この「希望」を受け取る事が出来るように、主は私たちをイスラエルまで連れていってくださり、
「証」を下さいました。それはこれからお話する父の神の真実なのです。
私たちは洗礼をうけて(1997年12月21日)2年目の11月N牧師が引率される聖地旅行に参加しました。旅行に際し、団長のN師より「バイオリン」を持参し演奏してくださいと、声がかかりました。

幼い信仰の私は、即座に「営業」モードにスイッチオンされ「賛美」などという言葉はどこえやらでした。楽器を担いで意気揚々と「イスラエル」入りし、出番をひたすら待ち続けていました。どこのホテルのラウンジかな?特別なコンサート場所があるのかしら・・ひたすら自分の栄光のみを考え、メッセージもうわの空でした。

ある快晴の暑い日に「クムラン」という死海写本(聖書の写し)が発掘された遺跡へ見学に行った折、いきなり出番がきました。日のサンサンとてる砂漠の屋外で、高瀬さーんバイオリンお願いします。なんですと?このような場所で演奏する楽器ではないのになにをお考えでしょう?私は、戸惑いましたがしどろもどろになりながら屋外でのバイオリンでの「賛美」の奉仕の初日を「ふさわしくない」高ぶった気持ちで終えました。

なんで「私」がこのような場所で弾かなければならないのか?この楽器は数百万円もする楽器なのに、扱いも知らない方々とやっとられんわ・・・ブツブツ呟きの心をもち、観光バスへ戻る道中で「大きな神様の声が聞こえたのです」それははっきり覚えています。主がおっしゃいました。

「私を天と地で私を賛美する器としてお前を用いることになんの不満があるのか」私は恐ろしくなり、バスへ駆け込みました。私は「パートナー」に間抜けな質問をしました。「おれたちって賛美するためにイスラエルきたんやな・・」パートナーの答えは「馬鹿じゃないの」大阪弁では
「あほちゃう」でした。


ホテルに帰り「悔い改め」の祈りをし、・・・次は頑張るぞ!と、神様の眉間のしわはどんどん寄っていくばかりでした。まだ自分でなんとかしてやろうという気持ちが先行し、お話になりません。
次の舞台は「マサダの要塞」でした。私は、出番がいつか、どこか?落ち着きません。N師が皆さんを集め、高瀬さんーと声がかかり「ハイ!!まってました」と言わんばかりにバイオリンのケースを開けて「びっくりぽん」・・・2番目の弦が切れているのです。

主は、おごり、高ぶる、私に「楽器」を鳴らすことさえ許されません。おまけに、N師からは、「あっそうですか!では結構です」とあっさり・・・落ち込んだ私は、遺跡にあろうことか、切れた弦を投げ捨てていました。

ふさぎこむ私に主が語り掛けました。「ひらってきなさい」。「ひらってきなさい」と言われても役に立たないものですから・・と問答。しかし、主の仰ることですから・・しぶしぶ「切れた弦を」ひらいに行きました。そうすると今度は「結わえなさい」と聞こえます。

私は、心の内でこのように大阪弁でこたえていました。
「そらな、あんさん!弦はかみのけぇ・・とおんなじでぇ・・結わえても、結わえても、はらり・・とほどけまんねん」・・しかし、主は「結わえなさい」と仰る。

そない言うならやってみましょか・・と、半信半疑で結わえてみたところ・・弦が結わえられたのです。こうなると次の「お告げ」がどのような事なのか「期待」している自分がありました。

つぎの主の言葉は、「拘るな」というものでした。訳が分かりません。「拘るな」・・どいういう事をすればいいのか?
一生懸命考えました。でも「拘るな」としかおっしゃらない。何度かの問答の後、主が視線をバイオリンの糸巻き(弦を固定するパーツ)へ導かれました。その時、拘るな!という言葉の意味が、分かったのです。

切れた2番目の弦が1番目の糸巻きへ届いていたのです。拘るなという意味は、糸巻きの順番、1番弦、2番弦、3番弦、4番弦への装着順を拘らず、切れた弦が届く糸巻きの場所に「楽器の常識」にとらわれることなく張りなさいという事でした。

ですから、切れた2番弦は1番弦の糸巻きへ、一番弦は3番弦の糸巻きへ、3番弦は2番弦の糸巻きへ
4番弦は4番弦の糸巻きへ滅茶苦茶ですが、一応楽器として使える状況になりました。
私は、礼拝の最中にも関わらず、喜びの声を上げ「先生!楽器が蘇りました」と、大声で叫んでしまいました。その時「ヒンシュク」の空気が流れたのは承知の通りです。


ホテルへ帰り、改めてその「音色」を確認したところ・・・本当に「のこぎり」をひいているようなひどい音でした。私は超「落胆」し、日本へ今すぐ帰りたい気持ちになりました。
残りの旅程を、役に立たない楽器を担いで歩く自分が「みじめ」だと、思っていました。

その間、パートナーは本来「ピアニスト」でありながらも、讃美歌を楽器抜きで賛美する時は、賛美リーダーとして会衆を導いていました。私は、どうか、先生!楽器による賛美指名はしないでくださいと祈りながら、旅行を進めていました。しかし、ドロローサ(主が十字架を担いで歩かれた道)という場所で現地の教会の礼拝堂をお借りし、礼拝をささげる事になった時、楽器の指名がありました。瀬さーん楽器で賛美をお願いします。

私は、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。皆さんにも楽器の音が「のこぎり」級であることを告げなければなりません。先生!実はこの楽器良い音が出ません!ですから賛美も出来かねますが・・と、申しあげたところ・・先生の答えは、私にとって「笑撃」でした。

その答えは「みなさーん主にお出来にならないことはありません。按手してお祈りしましょう」。
会衆の皆さんが楽器に手を置き本当に祈っているのです。
私は傍にいて、おいのりで治ったら楽器屋いらないよ・・と心の内で「笑いました」。

ひときわ大きな声で「アーメン」祈りが終わり、ついに「のこぎり」サウンドが礼拝堂に響き渡るときがきました。私は、主から遠いところで背を向け、恐れを持ちながら、弦に弓を落としました。

いつくしみ深き 友なるイエスは 罪 ( つみ ) 咎 ( とが ) 憂 ( うれ ) いを とり去りたもう こころの嘆きを 包まず述べて などかは 下 ( おろ ) さぬ 負える重荷を・・
澄んだ美しい音色が会堂中に響き渡りました。一番驚いたのは私だけでした。皆さんは当たりまえのように賛美されている。
本当に「神の恵み」のすばらしい礼拝となったのです。

旅の最終地はエルサレムでした。私は、パートナーへ真実な気持ちでホテルの売店でゴールドの小さな十字架を買い求めました。部屋に戻り、その十字架をパートナーへ感謝の気持ちとして渡しました。そうすると、パートナーはそんなものいりません。というではありませんか。挙句の果てに喧嘩になりました。

パートナーは楽器を演奏し、称賛を受けて、気分良くしている私の事が「妬ましかったのです」。
パートナーはPIANOが専門で、歌を歌う事で旅行参加者からも「感謝」されたことすらない。高瀬はちやほやされて何様なの?(平たく言うと・・)
ですから、そのような醜い心がある私が、そのような十字架を戴ける資格など無いと・・言い張るのです。

口論の最中に、ほぼ同時に「主」の声が届けられ、私たちは主の前にひれ伏し、悔い改めに導かれるのです。
その声は本当にやさしく、「そのようなお前たちの為に、私は十字架についたのですよ」という声でした。

私たちが、本当に主の前に今までとは違う180度の方向転換(悔い改め)をさせて頂き、今日の今日まで夫婦で、ふうふういいながら・・というのが世の常套句ですが、私たちは夫婦で同じ方向を向かせていただき、主の十字架は「当たり前」でなく、本当に「福音」良き訪れなのだと、感謝しています。主を喜びながら賛美させていただける事はクリスチャンの最大の恵みです。

この真実を通してDUOTAKASEは「福音」を届けるための賛美奉仕者として新生(ボーアゲイン)したのです。


わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
ハテイクバ・・・この希望「天国の音色」を全世界の皆さんへ届けられれば良いと、祈り願いつつこれから色々あるだろう「夫婦」というユニットで主を喜び賛美・証させていただきたいと願っています。
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DUO TAKASE

 〒573-1125 大阪府枚方市養父元町 44−10
TEL.072-867-6721 FAX.072-867-6721 e−mail duo1226mmhope@gamil.com 
                                               
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